ムッシュKの日々の便り

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天井桟敷の人びと(6)

d0238372_0383998.jpg 第二部「白い男」の時代は1847年で、フュナンビュル座を去ったフレデリック・ルメートルは別の劇場で名声を博していた。フュナンビュル座のバティストのパントマイムの人気も高まる一方で、客席は天井桟敷までいつも満員だった。そして毎晩のように特別席にお忍びで来る女性がいた。モントレー伯爵夫人となったガランスだった。イギリスに渡っていた彼女は、一時パリに戻ってきたのである。
 自分の劇場が休演日の夜、ルメートルが楽屋にバティストを訪ねてきて、久しぶりの再会を喜ぶ。そこにはナタリーもいた。座長の娘である彼女はバティストと結婚して、一人息子をもうけていた。その場でルメートルは、バティストに耳打ちする。
 「毎晩、君を見に来る女に気づかなかったか? その女はガランスだ」
 「・・・・」
 「パリに来ているが、また旅立つそうだ。」
 舞台でナタリーと踊る場面がくる。舞台に出て行ったバティストは客席に気をとられて、パントマイムができない。とっさに袖に引っ込んだバティストに、ナタリーが思わず声をかける。
 「バティスト! バティスト!」。
 異変に気づいた観客が騒ぎだす。バティストは楽屋を飛び出して、ボックス席に駆けつけるが、ガランスの姿はもうなかった。
 バティストは宿に引き籠り、フュナンビュル座は休演となった。それでもある日、シェイクスピアの『オセロ』を演じているルメートルの評判を聞いて、バティストは舞台を見に行く。そして芝居が終り、観客が出てきたところで、バティストはガランスを見つける。
d0238372_0384225.jpg ガランス「もう会ってくれないものと思っていたの・・・」
 バティスト「ぼくこそ、あなたを永久に失ったものと・・・」
 ガランス「あなたのことを忘れたことはないわ。夢にまで見たわ。おかげで齢もとらず、馬鹿にもならず、堕落もしなかったのよ。空虚で孤独な生活だったけど、悲しんではいけない、幸せなのだと思っていたわ。私を本当に愛してくれた人もいたのだからと・・・」
 二人は熱い口づけを交わす。そこへナタリーが息子を連れてやって来る。部屋のドアを開けると、バティストとガランスが一緒にいるのに愕然とする。ガランスは黙って部屋を出て行く。「ガランス!」、バティストが叫ぶ。声もだせないバティストにナタリーがいう。「答えて、バティスト、ねえ、いつもあなたはあの女を想っていたの? いつも一緒だったの? 夜も・・・夜もそうだったの?」。バティストはナタリーをふりきり、部屋を飛び出していく。
d0238372_0385434.jpg 「ガランス!」、大声で叫びながら彼女の後を追うバティスト。だが大通りは人で溢れかえり、彼女の姿は見えない。紙ふぶきが舞い、人びとが踊る雑踏のなかを、なおも叫び続けるが、叫び声はむなしくかき消される。ガランスが乗り込んだ馬車は遠ざかっていき、バティストの声は届かない。そこへ古着屋のジェリコが現われ、バティストの腕をつかまえて、大声で笑いながら――
 ジェリコ「ガランスか! さあ、もうお帰り、バティスト、すべては終ったのだ! 家へ帰りな!」
 バティスト「放せ!」
 バティストはジェリコの手をふりはらって、なおもガランスを追いかけようとする。だが、ジェリコは腕を放さない。
 ジェリコ「恥を知れ、バティスト! わしは一人寝とも忠告屋とも恥ずかしがり屋とも申すのじゃ・・・身持ちのよさが誇りでな!(高笑い)」
 バティスト「放せ! お前は嫌いだ!」
 バティストはなおも必死に馬車を追いかけようとするが、カーニバルの群集はいよいよ狂乱のるつぼと化し、その渦の中にバティストを飲み込んでいく・・・そして幕が下りる。

 ところで、この最後のシーンは、今回の展覧会でも公開されたプレヴェールのもともとのシナリオでは、次のようになっていた。

 バティスト「黙れ!(彼は古着屋を壁に投げ飛ばす。ジェリコは崩れ落ち、うめく。連れている犬と、古着や古ぼけた傘などがまわりに散らばっている)」
 ジェリコ「(うめきながら)無防備な哀れな年寄りを叩くなんて、恥を知れ!」
 バティストとガランスが彼から離れると、立ち上がる。
 ジェリコ「これはみんな、なんのためだ、誰のせいだ? 淫売女のせいだ! 腐った世のなかには、モラルもなにもあったものじゃない・・・堕落と淫売女だけじゃないか。(怒って)やつたを閉じこめて、鞭打つ必要がある!(彼は杖を拾うと、それを振るわせながら)そう、鞭をくれてやるんだ!」
 そして彼はよろめく足で二人のあとを追い、犯罪大通りで追いつくと、
 ジェリコ「バティスト、よく聞くんだ。もう家へお帰り、ニンジンが煮えている、お祭りは終わりだ。お帰り、そしてお前の淫売女は、彼女に相応しい通りに置いていくんだ。
 バティストは次第に蒼白になり、彼につかみかかる。
 バティスト「黙れ!」
 ジェリコ「お前の女には通りこそが相応しい・・・」
 バティストはわれを忘れ、ジェリコの杖を奪うと、恐ろしい一撃を頭に見舞う。
 ジェリコ「(倒れながら)ああ、イエス様、マリア様・・・」
 ガランス「バティスト・・・」
 彼女はバティストに抱きつく彼は倒れて動かないジェリコをじっと見ている。
 バティスト「(夢のなかのように)」彼は死んだ・・・」
 ガランス「(彼の頸を抱きながら)可哀相なバティスト!」
 人びとがなにごとかと近づいてくる。そして幕。(Les enfants du paradis, un film de Marcel Carné、Editions Jean-Pierre Monza. p.159)
 
 プレヴェールは、実在したジャン=バティスト・ドビュローが杖使いの名手であり、彼が酔漢を杖で殴り倒して裁判沙汰になった史実を生かし、それによってバティストとガランスの絶望的な先行きを示そうと考えたのである。だがカルネは、もう少し余韻を残して映画を終らせたかった。そのためにプレヴェールと話し合って、映画をいま見るような結末に変更したのだった。
 『天井桟敷の人びと』の撮影は、パリのスタジオでの撮影を終えると、一行はニースに移動した。ニースの「ヴィクトリーヌ撮影所」の野外セットは雨ざらしのまま放っておかれために、補修に80万フランの費用がかかった。
 数多くの夜間のシーンの撮影には、「犯罪大通り」のセット全体を照明する必要があった。だがドイツ占領当局は、灯火管制を理由に野外撮影を許可しなかった。それでも映画の進行上、最低でも二つの野外シーンは、どうしてもはずせなかった。
 一つはバティストが、「大劇場」で上演されている『オセロ』を観に行く場面で、これには劇場の正面を明々と照明する必要があった。もう一つは、フレデリック・ルメートルが、バティストに小さなホテルを紹介して、そこで彼がガランスに再会するシーンで、これらのセットをスタジオの内部に組む必要があったが、それには「ヴィクトリーヌ撮影所」のスタジオは小さすぎた。そのためカルネと一行は、またまたパリへ移動するはめになった。
 セットを組み、撮影をはじめるには二週間が必要だった。こうして仕事を再開した6月6日、自由フランス軍も参加した連合軍がノルマンディー上陸作戦を敢行したのである。
 カルネはこのニュースを知ると、『天井桟敷の人びと』を間もなく実現するはずのパリ解放後、最初に上映する映画にしたいと望んだ。マルセル・カルネは回想録でこう書いている。
 「事実、〔連合軍〕上陸のニュースを知るや、私にはたった一つの望みしかなかった。ようやく見いだされる平和の最初の映画とするために、映画を終わらせるのを出来るだけ長く引っ張ることだった。このときから、停電、輸送手段の不足、見つからない音響効果のための装置を探すこと等々、完成の遅延をもたらすものはすべて歓迎ということになった。この遅延を逆に利用して、一本の映画の代わりに二本の映画をつくろうとした。」(Marcel Carné: La Vie à belles dents、pp.191-192)
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by monsieurk | 2013-04-16 22:30 | 映画
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フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


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