ジャック・プレヴェール「歌の塔」Ⅶ
男が家を出る
それもごく朝早く
彼は悲しんでいる
姿形からしてそう見える
ゴミ箱のなかにふと
古い紳士録をみつける
人は悲しいときは時間をつぶすもの
この男も紳士録を手にとり
ゴミを少し掃うと
何気なくページをめくる
事項があるべき順に並んでいる
この男が悲しいのは名前がデュコン(Ducon)だからだ
彼はページをめくる
めくり続けて
Dのページで
ふととまり
DUの欄をみつめる・・・
男の悲しげな眼差しが楽しげに明るくなる
だれも
本当にだれもこんな名前の者はいない
俺はたった一人のデュコン
そうつぶやいて
本を投げ捨て手のごみを掃い
誇らしげにわが道を歩きはじめる。
Du は「~の」、conは女性の性器をさす卑語で、そこから「ばか」、「間抜け」といった意味に用いられる。