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ムッシュKの日々の便り

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ラジオ・ドラマ「不安の夜」Ⅰ

ラジオ・ドラマ 「不安の夜」
                                   原作 アルブレヒト・ゲース
                                   脚色 M.K.


(N:ナレーション) プロテスタントの牧師であるわたしは、第二次大戦中、ドイツ第三帝国の従軍牧師としてウクライナの戦線にいた。1942年9月は、温暖な、美しい季節だったが、街を一歩も離れずにすごした。あちこちの野戦病院へ行き、兵舎や部隊の宿営地を訪ねてまわる仕事に忙殺されて、好きな散策もできなかった。国防軍刑務所での仕事もあったし、戦没兵士の墓地を訪ねることもなおざりにできなかった。

音楽(さわやかな)

(N) 秋の一日、青くすみわたった空のもとで、秋風が吹きわたる野原や、ジャガイモの枯れた茎を焼く火や、ヒマワリ畑を見て歩きたいという気持は、あくまで民間人のもので、まともな兵士は勤務を終えると、夜は映画館へ行くか、ウォトカを飲んでロシア女のところへ遊びに行く。だが、わたしは到底そんな兵士にはなれなかった。

SE(効果音、風の音)

(N) 最近、夜更けの並木道を歩きながら、ギリシャの詩人ホーマーの詩句を口ずさんでいる自分に気づいたと打ち明けると、軍医大尉のドルトは、「あなたの症状は絶望的だ、打つ手はありませんよ」と、嘆いてみせた。

音楽(FO、次第に消える)

(N) でもこの日の午後は一切を振りすてて、郊外へ散歩にでかけた。舗装道路がつき、砂糖工場の敷地をすぎると、広々とした風景が広がっていた。そこまで来ると、破壊の跡もなく、爆風で壊れた窓ガラスや瓦礫の山も見えず、世界は無傷だった。風の音以外に物音は聞こえず、天地創造の日に、神が善しとされた姿のように清らかだった。褐色の土、その上に輝くすみれ色の空。・・・向こうには境界をなす川が流れ、対岸には古めかしい修道院が建つ丘があった。
 だが、この一見静寂な山野も決して安心できず、一人歩きは危険だった。この地域を占領したドイツ第三帝国は、農民を容赦なく搾取し、民族解放を叫ぶスローガンが偽りなことが分かってから、パルチザンの活動が日に日に強くなっていた。わたしが所属する野戦病院へも、毎週、狙撃された兵士が運びこまれてきた。でも心配しては限がない。いまは断固、向こうに見えるヒマワリ畑まで歩いていこう。この爽やかな風と一緒なのだから。

SE(トラックなど車両が走り回る音、ドイツ語の複数の話声)

(N) わたしは昼食前に基地へもどった。わたしが帰るのを待ち構えていたとみえて、当番兵が、わたしが入っていくより先に建物から姿をみせた。

当番兵 従軍牧師殿、すぐ特務曹長のところへおいでください。
 何か変わったことでも起こったかな?

SE(廊下を歩く足音、ドアをノックする音)

特務曹長 ああ、従軍牧師殿、お探ししていました。・・・ここにプロスクーロフからの電信がきています。
 一体、何の用だろう?
特務曹長 急ぎの用件らしいです。あなたの名前で、連絡を了解した旨の返事をしなくてはなりません。

(N) 電信文にはこう書かれていた。「プロスクーロフ野戦病院司令部はプロテスタントの従軍牧師に命令する。水曜日17時に必ず到着せよ。第三課に出頭のこと。往路用の乗用車はプロスクーロフ側が提供する。帰還は木曜日の見込み。・・・水曜日・・・それなら今日だ。

特務曹長 当方が確認したのは以上であります。プロスクーロフからの車はもう先方を出発しました。ここを14時に出発されれば十分間に合います。

(N) 第三課、・・・それは軍法会議を意味する。この召還の目的が何か、わたしにはすぐ分かった。軍法会議による銃殺に立ち会えというのだ。

特務曹長 美味しい昼食を召し上がりください、従軍牧師殿。
 ありがとう。

音楽(幕間風の)

SE(音楽にOL、被さって、自動車の走り、しばらくして停る音。ドイツ語のざわめき)

軍法会議判事(原稿を棒読みするように) ご足労をおかけしました。当司令部第4D課は、目下のところプロテスタント派の牧師が欠員になっています。囚人フョードル・パラノフスキーは、軍法会議の判決により、脱走のかどで死刑を宣告されました。ウクライナ方面国防軍司令官閣下による減刑請願の却下が、きのう届きました。規定にしたがい、判決は48時間以内に執行されなければなりません。銃殺は明朝5時45分。レンガ工場裏の砂利採取場で行われます。死刑囚は、これに関する指令第16条にしたがい、宗教上の介添えを要求する権利をもっています。だから、あなたに来ていただくようにとの指令を受けたところです。お出で下さったことにお礼を申し上げます。
 わたしは、囚人、とくに死刑囚にはできるだけ念入りに接することにしています。わたしの務めに意義があるとすれば、処刑場へ行ってから始めるのではなく、あらかじめその人物と事件をよく知っておく必要があります。とりあえず、これから囚人に会いたいと思います。それから今夜、わたしに死刑囚に関する書類を貸していただけませんか。
軍法会議判事 書類をお貸しすることは通常あり得ないのだが・・・・
   シュミット! パラノフスキーの書類を。
シュミット パラノフスキーの書類を取ってまいります、軍法会議判事殿。

SE(部屋を出入りする音)

軍法会議判事 書類は分量がありますよ、・・・書類を部屋から持ち出すのは許されていないのだが、今日は特別の事情ですから、書類を持って行っていただきますが、責任があることをくれぐれもお忘れなく。

SE(場面の切り替えのため)

(N) わたしはパラノフスキーが留置されている刑務所へ向かった。刑務所といっても、同じ敷地内に、みすぼらしい建物がひと棟建っているだけだった。責任者はカルトゥシュケ少佐といった。

カルトゥシュケ少佐 ハイル・ヒトラー! 牧師さん、もう法務将校のところへ行ってこられたそうですな。それじゃ、事情をよくご存じなわけだ。終油の秘蹟というやつだ。奴は明日の朝にはお陀仏だ。
   たしかに愉快な仕事じゃありませんな。ベッドの中の娘っ子の方がなんぼ可愛いか知れない。

(N) 私は一言も答えなかった。

SE(書類を机に激しく叩きつける音)

カルトゥシュケ少佐 きさま、そう聖人ぶるな! ベッド体操のことなどちっとも存じません、てな顔をしくさって!

(N) これはどういう種類の人間なのだろう? どんな素性の男なのだろう? どんな経緯で、この総〔ふさ〕の付いた少佐の肩章をつけるようになったのだろう? 戦争は到るところで、じつに馬鹿げた事態を引き起こしていた。ある英文学の教授は、軍の食糧倉庫でハムの数をかぞえる仕事に使われていたし、故郷ではローマの詩人ホラチウスの権威として尊敬されていたある主計長は、椅子や机や雑巾バケツの受領証を書いて毎日をすごしていた。それにひきかえ、期を逸せずに軍隊に入った理髪師は、いまでは大尉になっていた。このカルトゥシュケは、以前は何をしていた男なのだろう?

カルトゥシュケ少佐 いいか、従軍牧師さん、嘘っぱちのキリスト教的同情を盾にとることは断じてゆるさん。逃亡する奴は奴頭〔どたま〕をぶち抜く。それが明々白々たる事実だ。銃弾にものを言わせてやるがいい! ヒトラー総統は、刻々と激しさを増す戦争に、腰抜けどもは必要としてはおられんのだ。
 わたしとしては、処刑の前に、パラノフスキーの事情をはっきりと知りたいのです。
カルトゥシュケ少佐 はっきり、だと!

SE(机をたたく音)
  
 はっきりとは、どういうことだ? 心理学的詳細さということかね? 心理学など聞くのも真っ平だ! 胸糞が悪くなる。明日の朝、有難い主の祈りを唱える。それで終わり。万事終了だ。われわれは戦っている将兵に力を貸さなくてはならない。瘋癲〔ふうてん〕どものために時間を無駄にすることはできん!

音楽(不快な)

(N) 国防軍宿舎へ案内させるという申し出を断って、わたしは街を歩いて行った。

SE(ざわめき)

(N) ようやく探し当てた宿舎は、ロシアの小説に登場するような田舎の旅館だった。いまはそこをドイツ軍司令部が接収していて、将校用の宿舎、つまり食堂と宿泊施設にしているのだ。ここの郊外には飛行場があるので、利用者は少なくないようだった。
 まず事務所へ行き、明朝4時に出かけなければならないこと、夜中に書類を読む必要があるので、ぜひわたし専用の部屋が欲しいと申し出た。だが、それは約束しかねると拒否された。それでも割り当てられたのは、二間つづきの比較的広い部屋だった。
 わたしは自分の荷物を置くと、書類鞄だけは片時も手離さず、持ったまま食堂へ行った。それはシュヴァーベン地方の小都市なら、どこでも見かける居酒屋風の部屋で、かなり混雑していた。食券を出して、セルフサービスをする仕組みで、スープ、野菜、ジャガイモの食事は満足すべきものだった。

SE(重い鉄の扉の閉る音。ついで吹きつのる風の音)

(N) 食事の後、わたしは地方刑務所へ出かけて行った。                                                                        (続)
by monsieurk | 2014-07-04 22:30 | 芸術
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フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


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