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ムッシュKの日々の便り

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ラジオ・ドラマ「不安の夜」Ⅱ

SE(吹きつのる風の音。こちらに向かってくる足音)

歩哨 誰だ、外にいるのは?
 従軍牧師です。
歩哨 暗号は?
 ヴィニツァから、いま来たばかりなのです。わたしは福音派の従軍牧師だ。マッシャー特務軍曹にお目にかかりたいのだが。
歩哨 承知しました。

SE(二人が長い石の廊下を歩く音)

歩哨 従軍牧師殿をお連れしました。
 遅くにご迷惑でしょうが、お手数をかけなくてはなりません。ご存知でしょうが、明日の早朝、兵士パラノフスキーの処刑が行われます。わたしは彼に、死に対する心構えもたせるために、命令を受けて来たのです。
特務曹長 わかりました、従軍牧師殿。
 ところでわたしは今夜のうちに、パラノフスキーと会っておく必要があります。それもわたしがここへ来た理由を、彼に前もって知られたくはないのです。知らせるのは明朝、――明日の早朝がよいと思います。そこで、どうしたらいいか、相談に乗ってほしいのですが・・・
特務曹長 兵営の祈祷会を催してはどうでしょうか。以前も祈祷会を行ったことがありますから、気付くことはないと思います。囚人たちは少しでも寝る時間が短くなれば大喜びです。そのときどの男がパラノフスキーか分かりますよ。なかなか真面目な若者です。
 そうですね。そうしましょう。
特務曹長 囚人たちを一つの監房に集めましょう。
 結構です。
特務曹長 準備がととのうまで、ここでお待ち願えますか。
 いや、わたしは先にその部屋に入れていただきましょう。

音楽(時間の経過を示す)

(N) 看守たちがベンチを3つならべ、そのそばに机を置いてくれた。私はその上に十字架と、ポケットに入れておいた2本の蝋燭を立てた。

SE(大勢の囚人たちが部屋に入ってくる足音)

 プロテスタント派の従軍牧師です。どうか、一人ずつ名前と出身地を教えてください。
囚人一 兵士シュミット、バイエルン州出身。
囚人二 兵士バイヤー、ミュンヘン出身。無職。
囚人三(パラノフスキー) 兵士パラノフスキー、無職、キュストリン出身です。
 わたしの友人にキュストリン出身の人がいるのだが、東教会のリリエンタール牧師だ。
パラノフスキー 本当ですか? あの方がわたしに堅信礼をほどこしてくれたのです。
 そうでしたか! 彼はいま、わたしの勤務地の近くの大隊で上等兵になっていますよ。
パラノフスキー そうですか、リリエンタール牧師が・・・。あの人にはもう一度お会いしたかった。立派な方でした。
 君からよろしくと、彼に伝えましょうか、パラノフスキー?
パラノフスキー(間があって) いいえ結構です。もう7年も経っていますから、もう覚えておられないでしょう。あれから沢山の人たちが堅信礼を受けたでしょうし・・・
 いや、きっと覚えていますよ。彼は人の顔や名前、およそ人間のことなら何でも、大変な記憶の持ち主だから。
パラノフスキー いいえ、やはりお伝え下さらない方がよさそうです。

(N) わたしは他の囚人に移った。そして彼らに、ルカの使徒行伝の、「夜中に、パウロとシラスは祈り、神を讃美するのを囚人〔めしうど〕ら聞きたるに」の箇所について話をした。わたしはここへ来る途中、これを準備していた。
 大切なのは、囚人たちが今おかれている特別な時間と、特別な運命であって、生きることの意味を教え、真夜中に讃美歌を歌うことが、自分たち自身への贈り物であるのを示すことだった。

音楽(複数の人が歌う讃美歌)

(N、讃美歌にかぶって)彼らは故国ドイツの市民社会にいれば、決して刑務所に入れられる羽目に陥ることなどなかっただろう。
 戦争が悪いのだ。若者たちは林のなかで恋人たちに出会えたはずだし、みずみずしい果物にかじりつくような接吻を唇に感じられたはずなのだ。それが、いまはこの刑務所に収監されている。・・・

 マッシャー軍曹、わたしは明日の朝早く、4時ちょうどに来ます。パラノフスキーと話をするのに1時間は必要です。軍法会議判事は5時15分に来るといっていますから。
マッシャー軍曹 わかりました。従軍牧師殿。
 おやすみ。
マッシャー軍曹 おやすみなさい。
 今日の合言葉は何でしたか?
マッシャー軍曹 オデッサ、です。
 合言葉は・・・オデッサ・・・ね。

音楽(間奏風の)

SE(烈風の音)

(N) 刑務所の扉を押して外に出ると、そこで声をかけられた。わたしを待っている人がいた。

エルンスト中尉 牧師殿ですか?
 そうです。
エルンスト中尉 エルンスト中尉です。
 今晩は、エルンストさん。
エルンスト中尉 わたしはある建設大隊の中隊長です。わたしたちは明朝のために、銃殺分遺隊を組織せよとの命令を受けました。わたしが分遺隊の指揮官に任命されたのです。
 憂鬱な任務ですね。
エルンスト中尉 お察しするところ、わたしたちどちらも、お互い羨ましがるような任務ではなさそうですね。ご同役。
 すると、あなたは・・・
エルンスト大尉 ええ、わたしも牧師なのです。ゾーストの近くの村の。ご同役、こう呼ぶのをお許しください。・・わたしは・・・この命令は、わたしには堪えられません。

SE(激しい風音)

エルンスト中尉(疲れて重い口調で) わたしには、できない。・・・なにもかも嫌がらせなんです。カルトゥシュケ少佐の嫌がらせです。
 少佐は何か、あなたに含むところがあるのですか?
エルンスト中尉 わたしたちは、カルトゥシュケとわたしは知り合いなんです。それも浅いとは決して言えない間柄です。・・・22年前、1920年のことですが、カルトゥシュケは数カ月間、わたしの家の同居人で、わたしの代理牧師をしていたのです。
(思わず大声で) そうだったんですか! しかし、まさかカルトゥシュケが聖職者だなんて!
エルンスト中尉 そんな大声を立ててはいけません。風に耳ありです。カルトゥシュケは聖職者だったのです。ほんの短期間・・・1年か2年でしたけれど。彼が聖職者になったのは間違いでした。彼自身がしばらくしてから、それを悟りました。彼はすぐに方向転換しました。転々とさまざまな職業に就いたのだと思います。彼はわたしたちの前から姿を消しました。
 ところが1933年にヒトラーが現れると、カルトゥシュケもふたたび姿を現しました。教会の僕〔しもべ〕が去って、教会の密偵〔いぬ〕が現れたのです。悪い時代です。2年後に兵役義務が復活し、カルトゥシュケがやっと一廉〔ひとかど〕の者になる機会を見出したとき、わたしたちはほっとしたものです。その彼が今では少佐です。だがそれはわたしの知ったことじゃない。それにしても、こんな風に出会おうとは、人生が、彼にわたしを苦しめる機会を与えようなどと、思ってもみなかったことです。

SE(しばらく沈黙、風の音)

エルンスト中尉 わたしは今日の午後も、この任務をのがれようとしたのですが、カルトゥシュケはいませんでした。たぶん居留守をつかったのでしょう。おめおめと、彼の前にひざまずいたりはしません。ああ、こんな仕打ちをする機会を、彼はどんなに喜んでいることか。・・・何もおっしゃらないのですね?
 わたしには信じられません。カルトゥシュケがわたしたちと同じ聖職授与式の宣誓をしたとは・・・
エルンスト中尉 お言葉をさえぎって恐縮ですが、カルトゥシュケのことは、もうよしましょう。明日の朝、わたしは「撃て」と言わなくてはなりません。あなたがうまい具合に罪人をつくりあげる。そこで今度はわたしが完全にとどめをさす。ヒトラーのパンを食べて、ヒトラーの歌をうたうというわけです。
 あなたに課せられた邪悪な任務に対して、良心のやましさを取り除くようなものを、何か差しあげるべきなのでしょうが、あなたに何を言えばいいのでしょう? ・・・エルンストさん、あなたが命令しなくても、パラノフスキーには何の役にも立ちません。彼はやはり死ななければならないのです。そしてあなたは将校の階級を剥奪される、いや、それだけでは済まないかもしれません。そんなことをお望みですか?   結局、この陰惨な戦争で、人間的な将校の方が少なく、非人間的な将校の方が多くなるだけのことでしょう。なぜなら、補充はすぐつくからです。補充など、砂糖大根みたいに安いのですから。
エルンスト中尉 なるほど。もっと悪いことが起こるのを防ぐために悪事をなす、というわけですね。しかしわたしたちはこの戦争で、一体どんな秩序を維持しようというのでしょう? 墓場の秩序ですよ。そして最後の、それも最大の墓場を、わたしたちは自分たちのために予約しているんです。それに、よしんばわたしたちが将来生き残ったとしても、誰かが尋ねるでしょう。「お前たちは何をしてきたんだ?」と。そのときわたしたちは言うでしょう。「わたしたちは何の責任もありません。命令されたことをしただけです」と。わたしはあなたにお尋ねしたい。わたしたちはカルトゥシュケやその同類たちに比べて、どこが優れているのですか? わたしたちの方が彼らより、もっと堕落しているのではないのですか? なぜならわたしたちは自分の行為のなんたるかを知っているのですから。(沈黙)・・・   
 それでも結局わたしたちは、義務と責任をはたすというわけです。あなたが慰めにみちた言葉のビスケットを与える、そしてわたしはあまり砂糖気はないけれど、慰めにみちた銃弾を与えるわけです。
 エルンストさん、わたしは明朝4時に、パラノフスキーに会いに監房へ行き、彼に、ビスケットではなく、もし事情が許せば、キリストのパンと葡萄酒を与えます。それが同じものではないことはご存じでしょう。
エルンスト中尉 ええ、よく承知しています。わたしが辻褄の合わないことを喋っているとしたら、途方にくれている気持に免じてお許しください。しかし、あなたご自身の答えを言ってください。・・・これは天、人ともに許さざる行為ではないでしょうか? わたしたちは神の僕〔しもべ〕でありながら、忌まわしい扮装をして、襟に人殺しのしるしを縫いつけて、ロシアの街を走りまわり、そして明日の朝、一人の若者を銃殺するんです・・・。
 あなたはカルトゥシュケやその同類と、わたしたちはどう違うのだ、わたしたちは何をなすべきかとお尋ねになりました。おそらくわたしたちが異なるのは、いつ、いかなるときでも、よくないことは決して是認しないという、まさにその点だけでしょう。魔女の饗宴のような今日の混乱は、わたしたちみなを罪ある者にしています。わたしたちの罪は、わたしたちが生きているということです。わたしたちは自分の罪を担って生きてゆかねばなりません。 
 やがていつの日か、戦争もヒトラーも、何もかもが過ぎ去ってしまうでしょう。そうすれば、わたしたちは新しい使命を持つのです。わたしたちは真剣にそれと取りくみましょう。そのときには、すべての出来事や、この戦争全体の内面的な姿が問題になるでしょう。 
 戦争を憎むことは重要ではありません。憎しみとは、一種の攻撃的な欲望です。憎悪の魔力を取り除くことが必要です。明日になれば、みなが戦争の愚かしさを思い知るでしょう。そして10年ほどは覚えているでしょう。だが、そのうちにまたもや幾つかの神話の種が撒かれ、タンポポのように生い茂ろうとする。そのときわたしたちはお互いに草刈り人として、その場に踏みとどまっていなくてはなりません。
エルンスト中尉 国防軍宿舎につきました。ありがとう、牧師さん。あの若者に臨終の聖餐を施してやってください。そしてわたしのあわれな魂のために祈ってください。
 わたしたちの哀れな魂のために、祈りましょう。
エルンスト中尉 ではまた。「グーテン・ナハト、おやすみなさい」、でもどうやら二人とも安らかな夜は望めそうにありませんね。

(N) わたしたちは握手して別れた。彼は重い荷物を担っている人のように、少し前かがみになって歩いて行った。「ではまた」という言葉が、彼が自分の受けた命令に従おうと決心したことを意味していた。

                                             (続)
by monsieurk | 2014-07-06 22:30 | 芸術
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フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


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