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ムッシュKの日々の便り

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詩を訳すとは

 これまで多くの詩、とくにフランス語の詩を翻訳してきたが、詩を外国語に翻訳するとは一体どういうことだろう。1971年にノーベル文学賞を受賞した南米チリの詩人、パブロ・ネルーダ(Pablo Neruda)の初期詩集“Veinte poemas de amor”(『二十の愛の詩』、1924)を例にあげてみる。
 彼は『回想』のなかで、こう述べている。「私は大学に入る前に、シュリ・プリュドムやヴェルレーヌを知っていた・・・その頃、美しいフランス詩の詞華集が出て流行となり、みんなが争うようにして手に入れた。私は貧乏で買えなかったので、人から借りて書き写した。・・・大学における文学生活は私を圧倒した。私のような田舎者にとって、フランスの詩人たちをよく知っていて、ボードレールを語るような人たちに会うことは、大きな魅力だった。私たちは夜を徹してフランスの詩人たちを論じあった。」
 新たな生活のなかでさまざまな影響を受けたネルーダは詩作にはげんだ。最初の詩集『祭りの秋』を1921年に出版したが、そこには当時ヨーロッパで流行しているシュルレアリスム風の作品、歴史的な叙事詩、政治的マニフェストのような内容のもの、自伝的要素をうたいこんだもの、エロティックなものが含まれている。
 そして1924年に、愛の詩篇を集めた『二十の愛の詩と一つの絶望の歌』が刊行された。その中の一篇「女の肉体」をスペイン語の原詩、フランス語訳、そして拙訳を並べてみる。
 なおこの詩の拙訳は、ネルーダを論じた以前のブログ「パブロ・ネルーダⅡ」(2014.07.23)でも引用してる。
 

  Cuerpo de mujer, blancas colinas, muslos blancos,
  Te pareces al mundo en tu actitud de entrega.
  Mi cuerpo de labriego salvaje te socava
  Y hace saltar el hijo del fondo de la tierra.

  Fui solo como un túnel. De mí huían los pάjaros,
  Y en mí la noche entraba su invasión poderosa.
  Para sobrevivime te forjé como un arma,
  Como una flecha en mi arco, como una piedra en mi honda.
  
  Pero cae la hora de la venganza, y te amo.
  Cuerpo de piel, de musgo, de leche άvida y firme.
  Ah los vasos del pecho! Ah los ojos de ausencia !
  Ah las rosas del pubis! Ah tu voz lenta y triste !
  
  Cuerpo de mujer mía, persistiré en tu gracia,
  Mi sed, mi ansia sin límite, mi camino indeciso !
  Oscuros cauces donde la sed eterna sigue,
  Y la fatiga sigue, y el dolor infinito.

  
  フランス語訳
  Corps de femme, blanches collines, cuisses blanches,
  Tu ressembles au monde dans ton attitude d'abandon.
  Mon corps de laboureur sauvage te creuse
  Et fait jaillir le fils du fond de la terre.
  
  Je fus seul comme un tunnel. Les oiseaux me fuyaient,
  Et en moi la nuit pénétrait de son invasion puissante.
  Pour me survivre je t'ai forgée comme une arme,
  Comme une flèche à mon arc, comme une pierre à ma fronde.
  
  Mais l'heure de la vengeance tombe à pic, et je t'aime.
  Corps de peau, de mousse, de lait avide et ferme.
  Ah les vases de la poitrine ! Ah les yeux de l'absence !
  Ah les roses du pubis ! Ah ta voix lente et triste !
  
  Corps de femme mienne, je persistrai en ta grâce.
  Ma soif, mon désir sans bornes, mon chemin indécis !
  Lits de rivières obscurs où la soif éternelle continue,
  Et la fatigue continue, et la douleur infinie.

  
  拙訳
  女の身体は、いくつもの白い丘、白い太腿
  お前は世界にも似て、任せ切って横たわっている
  俺のたくましい農夫の肉体はお前の中を掘って
  大地の深みから息子を躍りあがらせる

  俺はトンネルのように一人だった。鳥たちは俺から逃げ去り
  夜はその破壊する力で俺に襲いかかった。
  生き残るために俺はお前を武器として鍛えた
  いまやお前は俺の弓につがえる矢となり、石弓に仕込む石となった。

  だが復讐の刻がちょうど来て、俺はお前を愛す
  なめらかな肌と苔と乳のある、貪欲でどっしりとした女の身体よ
  ああ、壺のような乳房! ああ、放心したようなその眼!
  ああ、恥骨のほとりの薔薇! ああ、お前のけだるそうで物悲しい声!

  俺の女の身体よ、俺はお前の美しさの虜になる
  この渇き、果てしない欲望、俺のくねる道。
  ほの暗い河床には、永遠の渇きが流れ
  疲れが流れ、はてしない苦悩が続く。

  
  フランス語訳は“Vingt poèmes d'amour et une chanson désespérée traduction de Claude Couffin et Christian Rinderknecht, Edition bilingue"(Gallimard)による。

 ネルーダが20歳で刊行したこの詩集は、多くの言語に翻訳されて国際的な評価をえた。「女の肉体」では、女の肉体を丘や道などに喩えるアナロジーは具象的で分かりやすい。
それでもこうして原詩と二つの言語への訳を並べてみると、詩を翻訳するとは何かというな根本的な疑問が湧いてくる。
 翻訳では、詩人がこめた意味は伝えられても、詩句がもつ音韻の効果は伝えるべくもない。象形文字である漢字と音をしめす仮名とを用いる私たちの言語と違い、音を示す24の文字の組み合わせで書かれた欧文の詩や散文は、もっぱら耳で聴いて理解し鑑賞するものである。それを日本語へ移すのは、意味の伝達を主眼とする散文はさておき、詩を翻訳することにどんな意味があるか。詩を訳すものは、こうした後ろめたさに絶えずつきまとわれる。
by monsieurk | 2014-11-12 22:30 |
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フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


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