ムッシュKの日々の便り

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小林秀雄と「類推の魔」Ⅲ

 「私は通りに歩を進め、ニュル nul という音のうちに、楽器のぴんと張られた弦を認めた。この楽器は忘れられていたのだが、栄光ある「思い出」がいま確かにその羽根、あるいは棕櫚の小枝で、触れたのだった。神秘の巧妙なやり方の上に指をおいて、私は微笑を浮かべ、知的な願いをこめて別の推測を切望した。」

 
 詩人はなぜ弦の上を翼(弓)が滑るような感じを得たのか、その理由を考えようとする。するとpénultième という単語の中に含まれる nul という音が、ぴんとはった弦を連想させることに気づいた。しかし、実際に起こった過程はこの逆で、ぴんと張った弦の感覚からペニュルティエームという単語が浮かんできたのである。
 こうして「ペニュルティエームは死んだ」という奇怪なフレーズが思い浮かんできた原因の一端をつきとめ、それが本人の意志とは無関係な心の仕組みにあることを得心した。この成果に一度は満足して、「私」は微笑を浮かべる。しかしそれでも依然として居心地の悪さは解消されない。そこで知性を働かせて、自らの体験を論理的に究明しようとする。

 
 「潜在的な、例のフレーズは先の羽根か小枝の落下から解放され、その後は耳に聴こえる声を通し戻ってきて、それ自身の個性で生きながら、ついにはひとりでに分節されるまでになった。私は(もはや知覚では満足することができなくなって)それを詩句の終わりで朗読してみたり、一度は試しに、自分の普段の話し方にあてはめてみたりした。やがて「ペニュルティエーム」のあとにちょっとした沈黙を置いて発音してみた。するとこの沈黙のなかに苦痛に満ちた喜びを見出した。つまり、「ペニュルティエーム」と言って、次いで「ニュル」という音のうえで、忘却のうちにあれほど張りつめていた楽器の弦はおそらくは切れてしまい、私は祈りのように「は死んだ」とつけ加えたのだった。」

 
 奇怪なフレーズは、いまやはっきりと、声として耳に聴こえるまでになる。もちろんこれを発音しているのは詩人である「私」自身なのだが、それはあたかも他人の声のような確固なものとして聴こえてくる。この矛盾した事態に混乱した彼は、奇怪なフレーズを、詩作するときの普段のやり方でさまざまに発音してみる。これは主導権を言葉から取り戻す努力でもある。しかしこのフレーズはそれ自体が自存するもののように、「ペニュルティエーム」の後に一瞬のポーズを強要し、そこで緊張が切れて、「は死んだ」を、祈るように続ける以外の調子はあり得ないことが分かる。詩人は主体性を語に奪われてしまったかのようである。そしてこの調子で発話してみると、途中に置かれた一瞬の沈黙のなかに「苦痛に満ちた喜び」が感じられたというのである。それはなぜか。
 pénultième という単語には、nul (無の)という単語の他にも、この言葉を構成する音素の組み合わせから、楽器となった詩人に触れたとされるplume (羽)、aile (翼)が含まれていて、これらはいずれも事態の発端にあった下降=滑空の感覚に対応するものである。さらに母音の〈a〉を加えれば、palme(棕櫚)を取り出すこともできる。
 plume は詩句を書きとる「ペン」でもある。さらに、ここに欠けている[a]と[o]の音を補うと、詩人の身体にほかならない「楽器」を訪れたとされるpalme(棕櫚)や、枝=弓もしくは羽=ペンを握るpaume (手のひら)さえ隠されていたことが分かる。
 その上ここには nu (裸の)という形容詞が隠れている。そもそも pénultièmeという単語が女性名詞(それを強調するように女性形を示す定冠詞 la が添えられている)であり、それと nul (無の)という形容詞が相まって、亡くなった女性が暗々裏に想起されているとも考えられる。
 そしてpénultième という語の中心にある nul は、その鋭い緊張した音がヴァイオリンのぴんと張った弦の印象を与えるだけでなく、「無の」という語意によって、なんらかの「死」へと結びつく。「苦痛にみちた喜び」の感情は、おそらくそこから来ているのであろう。だから詩人である「私」は、祈るように、「は死んだ」とつけ加えるのである。
 このように知覚レヴェルでは一応満足できる説明にたどり着いたが、これだけでは「私」は満足できない。そこでさらに論理的な解明の努力が続けられる。

 
 「私は好みである思惟へ立ち戻る試みをやめず、自分を落ち着かせるためにも、確かに、ペニュルティエームとは語の最後から二番目の音節を意味する辞書にある用語であり、それが現れたのは、私の高尚な詩的能力が日々中断されてはすすり泣く原因となっている語学上の労苦が払拭しきれずに残っているからだと、主張しようとした。」

 
 「ペニュルティエーム」という単語は、いわばその意味を考えるまでもなく自然に浮かんできたのだが、語意を知るためにあらためて辞書を繰ってみれば、これはラテン語のpaene(殆ど)とultimus(最後の)が合体したもので、「終わりから二つ目の」を意味する。
 日常生活では地方のしがない学校の教師である詩人は、詩作に打ち込もうと努力するが、しばしば校務でその仕事を中断され、高尚な詩的能力が発揮できずにすすりなく状態が続いている。言葉をめぐるこうした苦労(「語学上の労苦」とは詩作の苦しみだけでなく、1866年から翌年にかけて取り組んだ言語研究を指しているとも考えられる)が成就しないために、詩句に関して、脚韻から一つ前の音節を意味する語が出現したのだと考えようとした。そうすることで、思っても見なかった文句が不意に口をついて出た現象を、論理的に説明できたかに思えた。

 
 「この語の響きそのものと、安易な性急さに伴う虚言じみた感じが、煩悶の原因だったのだ。執拗に憑きまとわれて、私はついにこの悲しい性質の語たちが私の口のうえをさまようままに任せることにした。そして、哀悼の意が感じられるイントネーションでもって、「ペニュルティエームは死んだ、それは死んだ、すっかり死んだ、絶望したペニュルティエームは」と、つぶやきながら歩いた。そうすることで不安を鎮められると思い、さらにはもっと一本調子に唱えることで、これを葬ってしまいたいというひそかな期待がないわけではなかった。」

 
 マラルメが実際に体験した事態は、以上のようなものであったと推察される。
 ロバート・グリア・コーンは Mallarmé’s Prose en Poems, Cambridge University Press,1987.で、「この結晶過程こそが作品の要点である、・・・それはマラルメの心の働きがいかなるものであるのか、もつれ合う諸々の言葉とイメージの引力作用を通して、誌的現実が発展していくかを示している」と語っている。またステンメッツは、「この言葉〔無意識〕は、1869年以降、〔ドイツの哲学者〕ハルトマンの『無意識の哲学』に帰せられるものであり、この本は象徴主義者たちには知られていたが、そこからは何も進展せず、やがてフロイトの発見、無意識という特別な用語となるのである。1880年頃になって、潜在意識という言葉がピエール・ジャネによって広く用いられ、彼の仕事はオートマティスムの発見と直接かかわることになる。ただ、マラルメはそれをずっと前に発見していた」と指摘している。(続)
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by monsieurk | 2015-01-12 22:30 | マラルメ
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