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アンバルワリア祭報告Ⅰ

 先のブログでも触れたように、1月24日の午後に慶応義塾大学三田キャンパスで開かれた西脇順三郎を記念する「アムバルワリア」祭りは、日本語での第一詩集『Ambarvalia』(1933年、椎の木社)に由来するもので、第4回目の今年は、「西脇順三郎と萩原朔太郎――二人の詩法をめぐって」と題して行なわれた。d0238372_1417799.jpg
 西脇順三郎は1922年(大正3)にイギリスへ留学し、その地で英語を用いて詩を書きはじめ、それらは詩集『スペクトラム(spectrum)』(The Cayme Press、1925)として刊行された。帰国後は慶応大学で教壇に立つとともに日本語で詩作をはじめたが、そのきっかけは萩原朔太郎の詩集『月に吼える』(感情詩社・白日社、1917)に出会ったことだった。
 当日配布されたリーフレットには、西脇の「我が言語はドーリアンの語でもないアルタイの言である、そのまたスタイルは文語体と口語体とを混じたトリカブトの毒草の如きものである。学校の作文よ、にげよけれども女はこの毒草を猪の如く好むことは永遠の習慣である」という『Ambarvalia』のなかの詩篇の言葉が引用されていた。西脇に「トリカブトの毒草の如き」日本語で詩を書く気にさせたのは、朔太郎の詩との出会いだった。
 1886年(明治19)生まれの朔太郎と、1894年(明治27)生まれの西脇の間には8歳の差があるが、二人はともに日本の詩的言語の革新者として屹立している。それなのに二人の相似と差異が論じられたことはこれまで多くはなかった。西脇の詩業については、慶應義塾大学アートセンターで、新倉教授を中心にこれまで隔月に西脇順三郎研究会が開かれてきたという。今回のシンポジウムはその線上で開かれたもので大変刺激的であった。
 シンポジウムでは、英文学者で西脇研究の第一人者新倉俊一氏のイントロダクションのあと、3人の詩人、八木幹夫氏の「詩篇に現れた精神風土のちがい」、杉本徹氏の「永遠の女のゆくえ」、野村喜和夫氏の「西脇は萩原を脱構築する――詩的言語の敬称と乗り越え」という講演があり、そのあと4人でのトーク・セッションが行なわれた。d0238372_1417529.jpg
 八木幹夫氏は昨年9月に『渡し場にしゃがむ女――詩人西脇順三郎の魅力』(ミドナイト・プレス)を刊行して、西脇の独自性について論じているが、とくに『Ambarvalia』の世界については、「〈くつろぐ〉こと。西脇詩を読むとき、この態度がもっとも相応しいのではないか。西洋の文化・思想に明るい人ですが、ほとんどキリスト教への傾斜をしていません。(中略)ヨーロッパのキリスト教社会の中では認めがたい異端的な裸体崇拝、性と肉体の開放に対して大らかな受容態度があります。それは新潟の土地が同時に持つ北国の陰の閉鎖性と陽の開放性に触発されているのではないかと推論します。」、「西脇さんはギリシャへ行ったことはないのです。これはあくまでも、西脇さんの深い教養の中で夢見られたもの、西脇流にいえば、脳髄の中で夢見られたギリシャです。」と述べている。
 今回のレクチャーでも、『Ambarvalia』の中の一篇、「皿」を資料として引用して説明した。
 
 黄色い菫が咲く頃の昔、
 海豚は天にも海にも頭をもたげ、
 尖つた船に花が飾られ
 デイオニソスは夢みつゝ航海する
 模様のある皿の中で顔を洗つて
 宝石商人と一緒に地中海を渡つた
 その少年の名は忘れられた。
 麗な忘却の朝。
 
 八木氏によれば、萩原朔太郎は西脇のこの詩の発想源を見抜いていたという。それはタイトルにも示されているように、西脇が目にした皿がヒントになっていて、詩で語られるような図柄が皿に描かれていたというのである。詩篇「皿」はまさに、「脳髄の中で夢見られたギリシャ」なのである。
 八木氏は朔太郎についても、『月に吼える』の中の有名な詩「竹」を引用して、その特徴を具体的に解説した。

 ますぐなるもの地面に生え、 (7・6)
 するどき青きもの地面に生え  (9・6)
 凍れる冬をつらぬきて、 (7・5)
 そのみどり葉光る朝の空路に、 (9・7)
 なみだたれ、 (5)
 なみだをたれ、 (6)
 いまはや懺悔をはれる肩の上より、(4・7・7)
 けぶれる竹の根はひろごり、 (7・6)
 するどき青きもの地面に生え。 (9・6)

 
 朔太郎は、島崎藤村から北原白秋へと繋がる日本近代詩の、文語体の余韻を残す詩語を受け継ぎつつ、当時日常的に用いられていた日本語とは異なる言葉で詩を書いた。朔太郎の詩は、感覚まかせではなく、「竹」に見られる独特の音韻(各行のあとの数字は音数律)や、「生え」、「きて」、「たれ」など連体形の連弾などに見られるように、その詩法はきわめて意識的であるというのが八木氏の見解であった。
 朔太郎にとって、詩とは遠い自分への憧れであり、西脇にあっては、詩は一つの意識的な夢――これが八木氏の語った結論だった。(続)


 
 
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by monsieurk | 2015-02-02 22:30 |
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フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


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