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マラルメの「賽の一振り」Ⅰ

 ステファヌ・マラルメの最後の作品となった「賽の一振り」( Un Coup de dés)は、文学にまったく新たなジャンルを拓くべく、詩句や書物をめぐる長年の考察の末に生みだされたものである。
マラルメの研究者フランソワーズ・モレルは、2007年10月に、マラルメの『賽の一振りは断じて偶然を廃することはない』(Françoise Morel:Stéphane Mallarmé, Un Coup de dés jamais n’abolira le hazard – manuscript et épreuves – édition et observations de Françoise Morel, la Table ronde)の新版を刊行した。
 この本には、冒頭の注記にもある通り、「コスモポリス」版の本文、「コスモポリス」版に「序文」として収録されたマラルメ自筆の原稿四枚、アンブロワーズ・ヴォラールにより、オディロン・ルドンの挿画を付して刊行されるはずであった豪華版のために、マラルメ自身が清書した21頁におよぶ自筆原稿(これには印刷のための指示が細かく記されている)、さらにマラルメが赤鉛筆で多くの訂正と指示を書き加えた上記豪華版の校正刷りが、それぞれファクシミリ印刷されて収められている。そして、このマラルメの校正・指示を忠実に反映して活字化した新版と、フランソワーズ・モレルによる「賽の一振り」の内容と形式についての考察の6つから構成されている。豪華版のための自筆原稿のすべてが公表されるのはこれが初めてで、マラルメ研究者や読者から長らく待望されたものである。d0238372_1540599.jpg
 豪華版のためにマラルメ自身が清書した21頁の自筆原稿は、編著者であるフランソワーズ・モレルの母フランソワーズ・シャルパンティエ=モレル夫人のコレクションに属するものである。夫人の父(編著者の祖父)アンリ・シャルパンティエは詩人で、マラルメ・アカデミーの事務長を務めていた。
 モレルによる考察の最大の特徴は、マラルメ自身の詩や主要な散文に当たって、「賽の一振り」に用いられている語が、彼の用いた語彙や言語構造のなかで担っている役割を検証してみるという、その徹底した方法にある。その結果、私たちはモレルの引用を通して、マラルメの主要な作品を渉猟し、彼の思想を再検討する機会を与えられることになる。
 フランスの伝統的な詩では、決まった音韻数をもつ詩句が重ねられているのに対して、「賽の一振り」では、一語あるいは数語からなる語群が位置をさまざまに変えつつ、紙面に配置されている。多様な意味を担った語群は、5種類のローマン字体と4種類のイタリック字体の、それぞれ大きさと太さが異なる九種類の活字を駆使して印刷されている。マラルメはこれを「楽譜」と呼んだことがあるが、「賽の一振り」は紙面に刻された凍える音楽だともいえる。
 見開き2ページを1面とする全11面にわたって展開される220行の作品のテーマは、「賽の一振りは / 断じて / 偶然を / 廃することはないだろう」というタイトルを兼ねた文と、末尾の「どんな思考も賽の一振りを発する」という文とに要約されている。この2つ文の間に「しかし」という接続詞を補って読めば、この作品が円環構造を持っていることが分かる。したがって、「賽の一振り」にマラルメの絶望や敗北感を見るのは誤りであって、人間の宿命を認めつつ、それに果敢に挑むことこそ(「賽の一振り」という行為がその象徴である)が人間の生の証だという信念が表明されている。
 こうした内容をもつ作品は、タイポグラフィーの点でも決定的な形式をそなえる必要があった。マラルメは豪華版の印刷を依頼したフィルマン=ディドに、一つの語や詩句の大きさ、それが占める位置や語頭の位置、それを取り囲む白地の空間について、詳細な指示を繰り返した。しかしマラルメは、この決定版の完成を目にすることなく急死してしまった。(続)
by monsieurk | 2015-05-19 22:30 | マラルメ
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