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フランスの近未来小説2冊

 最近、フランスで刊行された2冊の近未来小説を読んだ。一つはフランスが舞台、もう一つは日中の間で軍事衝突が起こるという想定の作品である。まずは私たちに身近な、クロード・ルブラン著『悪循環』(Claude Leblanc:L'engrenage,Komikku Editions, 2015)の方から。
 小説の冒頭は、次のようなシーンで始まる。d0238372_17214282.jpg

 「ワシントン、2014年7月11日、2時25分

 ――大統領…大統領…大きな声を出すのをためらいながら、この夜のバラク・オバマの警護責任者であるジョン・バーネットは、アメリカ大統領のアパートの扉をそっと叩いた。彼は不意を突いて起こそうとは思っていなかった。ホワイトハウスの主が、不機嫌に起きたとき、癇癪玉を破裂させることをよく知っていたからである。好意的なマスコミは「ミスターー・クール」と紹介しているが、彼は気難しくい見かけとはほど遠かった。2012年の再選以降は特にそうだった。・・・」
 それを知りつつジョン・バーネットは、熟睡中の大統領をなぜ起こそうとするのか。南シナ海で、日本と中国との間で偶発的な軍事衝突が起こったとの第一報が届いたからである。日々にらみ合っている日本と中国の戦闘機が互いに近づきすぎて、まず日本のF-2戦闘機が発砲し、中国のスコイ戦闘機を撃墜してします。中国人パイロットは無事に脱出したが、中国は尖閣列島を警戒している艦船に攻撃を加える。
 この偶発的衝突で、両国の政治家たちは「毅然とした態度をとるべし」と強硬論を叫び、それが双方のナショナリズムを煽る。やがて社会も政治も次第に戦争へと傾斜していく。『悪循環』には「第3次世界大戦の発端」という副題がついていて、この衝突をきっかけに、世界は戦争の瀬戸際までいくのだが、果たして戦争は不可避か?小説にはオバマ大統領をはじめ、安倍晋三首相、習近平国家主席など、登場人物のほとんどが実名で登場する。
 著者のクロード・ルブランは、「クーリエ・アンテルナショナル」の元編集長で、いまは「ズーム・ジャポン」の編集長をつとめる日本通のジャーナリストである。日本語が堪能で、この小説を書くに当たっても度々来日して取材を重ねたという。小説というフィクションでありながら、衝突後のストーリーは日中両国の現在の政治や社会の動向に基づいていて、それが現実味を与えている。
 もう一冊のウェルべックの『服従』(Michel Houellebecq:Soumission, Flammarion,2014、邦訳は白水社刊)も、フランスの近未来を想定した小説で、語り手のフランソワはパリ大学文学部で19世紀の唯美主義の作家ユイスマンスを専門にする中年の教授である。
 物語の発端は2022年に行われる大統領選挙。決選投票には二人の候補、極右の国民戦線の党首マリーヌ・ル・ペンとイスラム同胞団(架空の政党)を率いるモハメッド・ベン・アッバスが残る。彼はエリート校として有名な国立行政学院(ENA)出身で、イスラム過激派とは異なり、これまで政権を担ってきた社会党や保守勢力は、EU離脱を主張する国民戦線に政権を渡さないために、イスラム同胞団の支援にまわり、ベン・アッベスが大統領に当選する。イスラム政党が政権を握ったフランスでは都市近郊の治安は改善され、アラブのオイルマネーが流入して、財政も改善される。
 d0238372_17184856.jpg)だが一方で、社会制度は急激な変化にさらされる。生産手段の多くが国有化され、中等教育はイスラムの教えが中心のカリキュラムに変わり、女性は街中ではベールを被ることが義務づけられる。そしてフランソワが文学を講じるソルボンヌはイスラム大学となり、イスラム教徒しか教鞭をとれず、フランソワも解雇される。
 フランスの読者は、この小説がイスラム教徒への恐怖をいたずらに煽るのではないかと懸念した。だが著者ウエルベックの真の狙いは、ヨーロッパを覆う政治状況を風刺するだけではなく、状況に応じて簡単に意見を変える都会人とくに知識人の生き方にある。事実フランソワは哲学的、宗教的信念からではなく、イスラム教に改宗して大学へ復職する。その大きな理由はイスラムマネーによる高い給料と、イスラム教が認める一夫多妻制にある。
 本書は奇しくもイスラム教を風刺した週刊誌『シャルリー・エブド』が襲撃された日に出版され、著者には警察官の保護がつくなど評判となった。ただそんな話題をこえて、いまのヨーロッパの対イスラムの心象風景を知る上で大変参考になる。
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by monsieurk | 2015-10-27 22:30 |
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フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


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