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ムッシュKの日々の便り

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男と女――第三部(3)

 「ニッパ椰子の唄」

赤鏽(あかさび)の水のおもてに
ニッパ椰子が茂る。

満々と漲る水は、
天と同じくらゐ男と女――第三部(3)_d0238372_52562.jpg 
高い。

むしむしした白雲の映る
ゆるい水襞(みなひだ)から出て、
ニッパはかるく
爪弾(つまはじ)きしあふ。

こころのまつすぐな
ニッパよ。
漂白の友よ。
なみだにぬれた
新鮮な睫毛(まつげ)よ。

なげやりなニッパを、櫂(かい)が
おしわけてすすむ。
まる木舟の舷(ふなばた)と並んで
川蛇がおよぐ。

パンジャル・マシンをのぼり
バトパハ河をくだる
両岸のニッパ椰子よ。
ながれる水のうへの
静思よ。
はてない伴侶よ。

文明のない、さびしい明るさが
文明の一漂流物、私をながめる。
胡椒(こせう)や、ゴムの
プランター達をながめたやうに。

「かへらないことが
最善だよ。」
それは放浪の哲学。

ニッパは
女たちよりやさしい。
たばこをふかしてねどべつてる
どんな女たちよりも。

ニッパはみな疲れたやうな姿勢で、
だが、精悍なほど
いきいきとして。
聡明で
すこしの淫らさもなくて、
すさまじいほど清らかな
青い襟足をそろへて。

 川を遡って、その日の夕方、センブロンの三五公司が栽培する第一ゴム園に着いた。十一月は雨季で、整然と並ぶゴムの樹のまわりは冷え冷えとしていた。バンガローのテラスで籐椅子にもたれていると、冷たい霧が家のなかまで流れこんできた。金子から故国の話を聞きに集まってきた人たちは、夜更けにはそれぞれの宿舎へ帰って行った。ボーイがベッドを用意してくれ、枕元にランプを点して、裾の方には蚊遣を焚いてくれた。習慣から寝る前になにか本を読もうとして、書棚にあった本を抜きだすと、表紙も本文もどろどろに崩れていた。すべての本がそうした状態で、白蟻が喰ったせいだった。
 三五公司は一九〇二年(明治三十五年)、厦門で設立されてあつかう主な品物は樟脳だった。そのため福建省の樟脳の木を伐採して利益をあげ、次いでマレー半島のゴム栽培に目をつけた。当地のゴム木の栽培とゴム生産はすでにイギリス人の手で進められており、三菱合資会社の社員愛久澤直哉を社長に据えた三五公司は、一九〇六年(明治三十九年)に、ジョホール王領ペンゲランで、イギリス人が経営していた凡そ二百エーカーのゴム園を買収して、ゴム園開拓をはじめたのだった。こうした経緯からも分かるように、マレー半島でのゴム園経営は宗主国のイギリス、インドネシアではオランダの資本が抑えており、日本は後発だった。それでも金子が旅をした一九二〇年代末には、三カ所のゴム園は三万エーカーまで拡大していたが、問題はゴムの価格が生産過剰で暴落していることだった。そのために主要生産国のイギリスとオランダの間で、生産制限をめぐって交渉が行われている最中だった。金子はその辺の事情を、「開墾」という文章で、ゴム園のA氏の話として次のように書いている。
 「――三五公司は、ゴム投資のユニバーシチといわれています。ゴム園経営者は、大概、三五公司の出身者といってもいゝですからな。三五公司は、はじめペンゲランを開墾しましたが、痩地なので、ここ〔スリメダン〕と、センブロンに主力をそゝぐことになりました。センブロンが第一園、ここが第二園、ペンゲランが第三園となっています。(中略)御承知の通り、ゴムは立派な国際的物産なのに、機械化合理化できないことが玉に瑕です。土人がゴム苗を勝手な所へ植放しにしておくと、時間通りそれが成長して立派にゴムが採れるようになります。少しも経費が要らないので、価が下がればそのまゝ放ったらかし、相場があがるとせっせとあつめては持込むので、忽ち生産過剰になり折角の価がくづれ出して、大恐慌というわけなのです。」
 金子は、三五公司の倶楽部に数日滞在したあと、マラッカをめぐり、クアラルンプール(金子はコランプールと表記している)を過ぎ、ペナン島に出て、さらにスマトラ島のメダンに渡り、ふたたびペナン島に戻って、そこから汽船に乗って、マラッカ海峡を一夜で下ってシンガポールに戻るという旅をすることになる。このおよそ一カ月の旅の間に、各地の在留邦人の絵を描いてパリ行きの旅費を稼いだのだった。(続)
by monsieurk | 2016-05-22 22:30 | 芸術
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フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


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