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ムッシュKの日々の便り

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男と女――第七部(23)

 三千代は宿泊していたグランド・ホテルの主人に、プノンぺンの宮廷舞踏を見たいと相談した。すると、旧暦正月の仏前供養の奉納舞踏のために、プノンペンの後宮に養われている舞姫たちが滞在していて、彼女たちに踊らせることができるという話だった。
 三千代はさっそく手配を頼み、この日の夜、同行の四人のほかに、軍の所属で南方事情調査のために史料を集めている笹原たち一行、書筆の仕事をする萩須、さらにホテル・グランドに同宿していたスイス大使館の領事夫妻も招いて、遺蹟の前の広場で、篝火の光の下、舞姫たちの踊りを見物した。この光景は三千代にに忘れがたい印象を残した。
 「広場の真中には、赤毛氈が一枚敷いてある。あたりがあまり広々してゐるので、手巾でも落としてあるやうに見える。その横手に少しへだたつて、楽人たちが、楽器を前に円座をつくつてあぐらをかいてゐる。(中略)
 前奏の曲がはじまつて、やうやく間拍子が短かく、息がせわしくなってゆく。アンコール・ワツトの大廃墟を背景として、夜空の下の大野外劇がいまはじまらうとしてゐる。

 きらきらときらめきながら落ちてくる。正面入口の石の階段を、転ぶやうに駆け下りてくるのだとわかつた。敷かれた毛氈まで、はだしで音もなく走り出る。塔のやうに高い黄金の冠をかぶつた小さな舞姫の出場の姿だつた。きらきらきらめくのは、冠や、肩のぴんとはねた翼飾り、金の襷や胸いつぱいの刺繍、手首やくるぶしの金環であつた。一人につづいて次々に六人、三人は男すがた三人は女装で、蛇の律動を型どつたといわれる、手首や腰を極端にくねらせる幽玄神秘な踊をおどりはじめる。」(「豹」、小説集『豹』)
 そして『インドネシア詩集』に載せた詩「アンコール・ワット(Angkor Vat)」。

あるときは
空から降りたったように見え
あるときは
空に登って行くように見える。

またあるときは
飛翔するかのように。

アンコール・ワット、
それは永遠の若者だ、
旺盛に成長する今年の竹、
ルビーを溶かしながら空へと昇っていくアプサラス*。

誰が廃墟だなどと言えようか?
これを造った民が
すでに絶滅したなどと誰が言えよう?

手が壊れ、顔が侵蝕されていても、
それが、蝙蝠の汚物で汚された
朽ち果てた石の山などと、誰が決められようか? *廻廊に施された浮彫の女神像。
アンコール・ワット
私が辿り着けないところで
いまもその心臓が
力強く鼓動するお前。

尖った冠の傾け
口の端をまくりあげて
カンボジア風に微笑むお前。

たしかにそれを造った王も民もいない。
だがその祈りの中の願は
常に生きている
アンコール・ワット!
それが正しくお前だ!

それは朽ち果てるわたしの身体の裡に棲んでいる、
私の不滅で純粋な愛のようだ。
by monsieurk | 2017-03-17 22:30 | 芸術
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フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


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