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詩游会「秋刀魚の歌」

 放送大学の神奈川学習センターで、毎月一度、日本の近現代の詩を読む「詩游会」を開いている。毎回一人の詩人を取り上げ、輪読しながら楽しむ会はもう二年続いている。六月は佐藤春夫がテーマだった。
佐藤の膨大な詩業から十数編を選んで鑑賞したが、有名な「秋刀魚の歌」について、彼と同じく新宮出身で、同じ県立新宮高校(佐藤の時は新宮中学)の後輩の植地勢作さんから興味深い指摘がなされた。
 まずは「秋刀魚の歌」の全文を掲げる。

秋刀魚の歌

あわれ
秋風よ
情(こころ)あらば伝へてよ
――男ありて
今日の夕餉に ひとり
さんまを食(くら)ひて
思ひにふける と。

さんま、さんま、
そが上に青き蜜柑の酸(す)をしたたらせて
さんまを食ふはその男がする里のならひなり。
そのならひをあやしみなつかしみて女は
いくたびか青き蜜柑をもぎ来て夕餉にむかひけむ。
あはれ、人に捨てられんとする人妻と
妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、
愛うすき父を持ちし女の児は
小さき箸をあやつりなやみつつ
父ならぬ男にさんまの腸(はら)をくれむと言ふにあらずや。
あはれ
秋風よ
汝(なれ)こそは見つらめ
世のつねならぬかの団欒(まどゐ)を。
いかに
秋風よ
いとせめて
証(あかし)せよ かの一ときの団欒ゆめに非ずと。

あわれ
秋風よ
情あらは伝へてよ、
夫を失はざりし妻と
父を失はざりし幼児(をさなご)とに伝えてよ
――男ありて
今日の夕餉に ひとり
さんまを食(くら)ひて
涙をながす と。

さんま、さんま、
さんま苦いか塩(しよ)つぱいか。
その上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふはいずこの里のならひぞや。
あはれ
げにそは問はまほしくをかし。(詩集「我が一九二二年」、大正十二年刊)

 『西班牙犬の家』や『病める薔薇』(のち続編を加えて『田園の憂鬱』となる)を発表した佐藤春夫は、六歳年上の谷崎潤一郎に認められ、谷崎家に出入りするようになる。このころ谷崎は夫人千代の妹せい子(『痴人の愛』のモデル)と結婚しようとしていて、千代は疎んじられていた。そんな千代に同情した佐藤はやがて彼女を恋するようになる。佐藤がその気持を谷崎に打ち明けると、一度はこれを認めた谷崎は、せい子に結婚を断られたこともあり、千代との生活をやり直すと言い出した。これによって佐藤は、大正十年三月谷崎との交わりを絶った。「秋刀魚の歌」はこうした複雑な関係のなかから生まれたもので、大正十年十月に雑誌「人間」に発表された。
 詩の第二連は、佐藤と千代が心を通わせていたときの回想で、「人に捨てられんとする人妻」は千代であり、「妻にそむかれたる男」は佐藤自身。彼は大正六年に米谷香代子と結婚したが、三年後には離婚していた。
 この詩が人口に膾炙したのは、庶民的な匂いのする秋刀魚を主題として、侘しい生活と恋の未練を自嘲をこめて詠ったことによる。問題は「夕餉に食うさんま」が、はたしてどんなものかという点である。
 私たち関東に住む者には、秋の初めに北海道や東北の海で獲れた生のサンマを炭火で焼いて食べる習慣がある。去年の「目黒のサンマ」祭りは九月十八日に行われ、岩手の宮古港から送られてきた六千匹のサンマが焼かれて、もうもうとした煙のなかで集まった人たちに振舞われた。
 サンマは毎年、北海道から東北へ下り、静岡沖を通って紀伊半島の熊野灘にたどりつくが、このときはすっかり脂が抜けている。熊野灘のサンマ漁の解禁は毎年十月下旬。獲れたサンマを開いて塩漬けにし、食べるとき塩抜するのが紀州名物「サンマ寿司」である。その他は、はらわたを取らずに丸干しにする。植地氏によると、丸干しのサンマは脂が落ちていて、焼いてもそれほど煙がたたず、これに特産の青い蜜柑のしぼり汁をたらして食べるのが故郷新宮の味だという。
 詩の第一連は序章で、丸干しのサンマをひとり食べる孤独な男(佐藤自身)が描かれる。その男が思い出している情景が第二連で、小田原にあった谷崎の家で、男と人妻(千代)とその子(鮎子)は夕食の膳を囲んでいる。第三連はその一年後の、男の淋しい心を詠っている。かつて三人で食膳を囲んだ「世のつねならぬ団欒(まどい)」が夢ではなかったことを、秋風に証明してほしいと願うのである。
 そして第四連。時制はまた現在にもどり、第五連にいたって一人暮らしの我が身を振り返る。かつて女とともに「青き蜜柑の酢をしたたらせて」食べたサンマに、いまは一人「熱き涙をしたたらせ」るのである。そして最後は、そんな自分を「あわれ / げに問はまほしくをかし」、おろかしく滑稽だと突き放して終わる。
 谷崎と佐藤は事件の七年後に和解し、佐藤は昭和五年(一九三〇年)八月千代と結婚した。このとき谷崎潤一郎、千代、佐藤春夫の三人の名で挨拶状が知人に配られた。瀬戸内寂聴は小説『つれなかりせばなかなかに』で、「小田原事件」と呼ばれるこの出来事の事実を掘り起こしている。
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by monsieurk | 2017-07-11 22:30 |
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フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


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