線香花火
日本の文化に憧れて、日本へ来ることを熱望している外国人を招待し、その体験を支援する民放のテレビ番組がある。テレビ東京の「世界ニッポン行きたい人応援団」で、8月26日夜の放送は、線香花火に魅せられて、自分でも作っている若いアメリカ人男性を日本に招いて、線香花火をつくってもらうという内容だった。途中から見たので、フルネームは分からなかったが、青年は「ベン」と呼ばれていた。
テレビをつけたとき、ベンはテレビ局の招待ですでに来日していて、線香花火をつくる職人、筒井時正さんの工房(筒井時正玩具花火製造所)を訪ねて、花火造りの工程を教えてもらっている最中だった。番組を見て分かったのだが、花火師の筒井時正さんは三代目で、祖父、父とこの名前を継いでいるとのことであった。
念願がかなって、匠の技を少しでも吸収しようとするベンの熱意に感心したが、興味深かったのは、番組を通して明かされる線香花火の仕組みだった。
線香花火の原料は、硫黄、硝酸、松煙とよばれる松を燃して出来る煤をまぜあわせた黒色火薬で、これを薄い紙で巻いてあの独特の形をしたお馴染みの花火がつくられる。
最大の秘訣は原料をどんな割合で調合するかで、ベンが気軽にその割合を尋ねると、「それは企業秘密」と言って、親切な筒井さんも教えなかった。ただし3種類の原料を混合してつくった火薬の量は、1本当たり0.8グラムが最適であることが、試行錯誤の結果わかったと教えていた。
わたしたちが何気なく楽しんでいる線香花火だが、よく観察すると、尖端の紙に火をつけて、それが上に燃えて、小さな火の球ができる。ここから花火が燃え尽きるまでは4つの段階をへているという。
火の玉が出来た状態が「蕾」。次いで火花が勢いよくはじけて閃光を放つ状態が「牡丹」。その後、閃光はすこし弱まって「松葉」となり、消える寸前の「散り菊」をへて、火玉は闇に消える。火花の違いによって、こうした美しい呼び方があるのは知らなかったが、それぞれの名称は、いうまでもなくパチパチはぜる閃光の形状に由来する。
筒井さんの説明では、この変化をもたらすのは、花火の先にできる丸い火の玉(蕾)の温度変化に由来するという。着火して最初に出来る蕾の温度は900度。そこから火薬が燃えるにしたがって温度が上がり、火玉のなかのガスの噴出が増えると「牡丹」状の華やかな形状となり、そこから徐々に温度が下がるにつれて、「松葉」、「散り菊」へと、飛び出す火花も小さく、少なくなっていって最後に消えてしまう。
ただこうした変化を可能にするには、着火から消えるまで、火玉が落ちずに最後まで先端に留まっていなくてはならない。
線香花火は彩色した薄い紙を細長く切って、先の方に黒色火薬を細い筒状に置き、火薬をくるむように薄紙を巻いてつくるが、この包み方に秘訣がある。紙縒(こよ)りをつくる要領で薄紙をねじりつつ巻いていくのだが、火薬が入った部分を包み終えた後の長さ5ミリほどの部分は、薄紙を他よりも間隔を狭めて重ね、きつく巻きつける。筒井さんはこの部分を「首」と呼ぶとベンに教えていたが、この「首」がしっかり巻けていないと、火玉は途中で落下してしまう。
こうした製造過程を教えられたあと、ベンは筒井さんの許しを得て、線香花火造りに挑戦した。アメリカで経験のあるベンだが、紙縒りのように薄紙を巻くことに難渋した。最初につくった花火は火玉さえできなかったが、ひたすら紙をまくこと2時間。20本ほその線香花火が出来上がった。
それを見た筒井さんは、そのうち2本について、「良いよいのではないか」といった。さっそく出来栄えを試してみることになった。結果は、「牡丹」と「松葉」の違いこそ明確ではなかったが、火玉は最後まで落下せずに合格だった。ベンが満面の笑みを浮かべたのは言うまでもない。
良い火花をつくるには、こうして出来た花火を一年ほど「熟成」――筒井さんは「熟成」という言葉を使った――させる必要があり、ベンの花火は出来たてで若いから、時間経過による火花の違いが出にくいのだという。熟成の間に、素材同士が互いによく馴染むのだそうである。
翌日、筒井さんはベンを車で、近くの田んぼへ連れて行った。筒井さんはこの田を自ら耕して米をつくっているのだという。怪訝な顔をするベンに、筒井さんは、「欲しいのは米ではなく、よい稲藁です」と言った。
彼の解説によると、藁に火薬を詰めてつくった「スボ手牡丹」がルーツで、西の地方では今もつくられているという。この「スボ手牡丹」を火打ちの灰などに刺して、上向きに燃やしたのが始まりで、その形が線香に似ていることが、「線香花火」の名前の由来だという。
こうして「線香花火」の愛好家ベンの修行は終わった。別れ際、筒井さんはベンに一枚の紙を渡した。彼が知りたがっていた、硫黄、硝酸、松煙の配合の割合(レシピ)が書かれているという。「アメリカへ帰ってから、読んでください」、筒井時正さんはそう言いながら、秘伝が書かれている紙をそっと渡した。