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ムッシュKの日々の便り

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詩のこころ(3)

 「恋唄」の項で、茨木のり子さんが選んでいるなかに、「顔」という一風変わった詩がある。作者は松下育男。『詩のこころを読む』の刊行は1979年で、その当時、茨木さんは、「松下育男は、まだ二十代の若い詩人ですが」と紹介しているが、40年が経ったいま、松下も六十代。毎月詩の教室を開いたり、「現代詩手帳」選者をするなど活躍し
ている。さて、「顔」――

 こいびとの顔を見た

 ひふがあって

 裂けたり

 でっぱったりで

 にんげんとしては美しいが

 いきものとしてはきもちわるい

 こいびとの顔をみた

 これと

 結婚する

 帰り

 すれちがう人たちの顔を

 つぎつぎ見た

 どれもひふがあって

 みんなきちんと裂けたり

 でっぱったりで

 これらと

 世の中 やってゆく

 帰って

 泣いた 

       ――詩集『肴』

 「ひどくおかしく、適切でもあり、有史以来、恋人をたたえる数えきれない表現に、また一つ何かを加えた新しさがあります。・・・恋人の顔をみても、美と醜、ともにみる複眼をまぬがれず、「帰って 泣いた」も、めめしくはありません。むしろ、人間存在の寂寥感、ブラック・ユーモアのようなものさえ伝わってきます。」これが茨木さんの解説だが、はたしてそれだけだろうか。

 空(す)いた電車に乗っていて、向かい側に坐っている人たちの顔を眺めているうちに、耳が気や鼻がやたらに気きになったりした経験は皆がもっているのではなかろうか。ひとたび部分が誇張されだすと、調和を失った顔は奇怪なものに変貌する。そんな現象が恋人の顔におこったとしたら・・・

 この詩から連想されるのが、ピカソの《アヴィニョンの娘たち》(243.9cm×233.7cm

ニューヨ-ク近代美術館蔵)である。1907年に制作されたこの大作は、スペイン・バルセロナのアヴィニュン通りに存在した売春宿の女たちを描いたもので、キュビスム誕生のきっかけとなった作品である。

 この絵にはデッサンが残されていて、そこでは女たちに囲まれた客の船乗りが中央にいて、画面左手から登場する学生は頭蓋骨をかかえている。これらの登場人物から明らかなように、ピカソは初め一つの寓意画を意図していた。五人の女は現世の快楽を象徴し、学生が手にする髑髏は、その快楽もやがては消滅することの暗示である。豊満な女体もやがては朽ち果てて髑髏と化す。「memento mori(汝死ヲ忘レル勿レ)」という古からの教訓をこめた寓意画である。

 ところがカンバスに向かって描き始めると、絵は最初の意図とはまったく異なるものに変貌した。絵に物語性を与えるはずの船乗りや髑髏をもった学生は姿を消し、女たちの身体も操り人形のような物腰で直立する奇怪な姿に変わってしまった。

 なぜこうした変化がピカソのうちで起こったのか。制作の途中で、絵画の成立条件そのもの突き当たったのである。絵画は二次元であるカンバス上に、三次元の存在を表現するという根源的な矛盾をはらんだ芸術である。ルネサンスの画家たちは、遠近法と明暗法という二つの原理を発明したことでこの矛盾を解決し、現実を再現できると信じた。しかし「再現」とはいえ、実際に画面を突出させるわけではなく、そう見えるように描くだけで、見るものに立体感を感じさせるトリックである。ピカソが《アヴィニョンの娘たち》を制作するうちに突き当たったのは、この絵画の本来的な弱点だった。

 ではどうすれば遠近法に代わる方法、つまり三次元の物体を二次元空間に翻訳ことができるか。それが複数の視点の導入であり、表現方法としてのデフォルマシオン(変形)である。従来の発想を転換して、カンバスの上に現実のイリュージョンをつくるのではなく、対象を実際に認識するときと同じように、上から下から、右から左から、あるいは前から後ろからも見て、その結果を画面上に直接描出することだった。複数の視点の導入は、すでにマネやセザンヌが一部試みていたが、ピカソがこの手法を思いつくのに、もっとも影響をうけたのがアフリカの彫刻だった。アフリカの彫刻や仮面には、主に呪術的目的から、身体や顔の一部を思い切ってデフォルメしたり、誇張したものが多いが、そこには複数の視点から眺めた形態が、なんのためらいもなく同一平面に並べられていた。ピカソはアフリカの人たちが生得の造形感覚から、無意識に行ってきたものを、新たな造形法として概念化したのだった。

 《アヴィニョンの娘たち》では、五人の女のうち右側の二人と左端の女の顔は仮面のようになり、中央の二人の押しつけられたような鼻は、正面向きの顔に横から見た鼻が描き込まれた、左端の女の、横顔に正面から見た目が描かれた。こうして複数の視点を取り込んだ絵が実現した。

 松下育男の「顔」から《アヴィニョンの娘たち》を連想したのは、両者において顔が概念化されているせいである。これは能の女面も同じで、人間の顔から美醜といった個性をはぎとっていくと、人間の顔は「ひふがあって / 裂けたり / でっぱったり」しているものに見えてくる。これは認識作用がもたらす結果であって、そこに好悪など感情的要素が入り込む余地はない。

 松島の場合は、ピカソが《アヴィニョンの娘たち》で意図して実行したのとは違って、はからずも恋人の顔を対象として認識する瞬間が訪れたのである。するとその瞬間、恋しい人の顔から好ましいと思っていた個性が消え、突き出た耳や鼻、表面を覆う皮膚とそこに穴のように穿たれた二つの目や口がにわかに存在感を増したのである。

松島はこの変貌の衝撃にたえられずに、「帰って / 泣いた」のだった。だがこの稀有な体験から、詩篇「顔」を創作することができた。



パブロ・ピカソ《アヴィニョンの娘たち》



by monsieurk | 2019-10-19 07:41 |

詩のこころ(3)

 「恋唄」の項で、茨木のり子さんが選んでいるなかに、「顔」という一風変わった詩がある。作者は松下育男。『詩のこころを読む』の刊行は1979年で、その当時、茨木さんは、「松下育男は、まだ二十代の若い詩人ですが」と紹介しているが、40年が経ったいま、松下も六十代。毎月詩の教室を開いたり、「現代詩手帳」選者をするなど活躍している。

 さて、「顔」――

 こいびとの顔を見た

 ひふがあって

 裂けたり

 でっぱったりで

 にんげんとしては美しいが

 いきものとしてはきもちわるい

 こいびとの顔をみた

 これと

 結婚する

 帰り

 すれちがう人たちの顔を

 つぎつぎ見た

 どれもひふがあって

 みんなきちんと裂けたり

 でっぱったりで

 これらと

 世の中 やってゆく

 帰って

 泣いた 

       ――詩集『肴』

 「ひどくおかしく、適切でもあり、有史以来、恋人をたたえる数えきれない表現に、また一つ何かを加えた新しさがあります。・・・恋人の顔をみても、美と醜、ともにみる複眼をまぬがれず、「帰って 泣いた」も、めめしくはありません。むしろ、人間存在の寂寥感、ブラック・ユーモアのようなものさえ伝わってきます。」これが茨木さんの解説だが、はたしてそれだけだろうか。

 空(す)いた電車に乗っていて、向かい側に坐っている人たちの顔を眺めているうちに、耳が気や鼻がやたらに気きになったりした経験は皆がもっているのではなかろうか。ひとたび部分が誇張されだすと、調和を失った顔は奇怪なものに変貌する。そんな現象が恋人の顔におこったとしたら・・・

 この詩から連想されるのが、ピカソの《アヴィニョンの娘たち》(243.9cm×233.7cm

ニューヨ-ク近代美術館蔵)である。1907年に制作されたこの大作は、スペイン・バルセロナのアヴィニュン通りに存在した売春宿の女たちを描いたもので、キュビスム誕生のきっかけとなった作品である。

 この絵にはデッサンが残されていて、そこでは女たちに囲まれた客の船乗りが中央にいて、画面左手から登場する学生は頭蓋骨をかかえている。これらの登場人物から明らかなように、ピカソは初め一つの寓意画を意図していた。五人の女は現世の快楽を象徴し、学生が手にする髑髏は、その快楽もやがては消滅することの暗示である。豊満な女体もやがては朽ち果てて髑髏と化す。「memento mori(汝死ヲ忘レル勿レ)」という古からの教訓をこめた寓意画である。

 ところがカンバスに向かって描き始めると、絵は最初の意図とはまったく異なるものに変貌した。絵に物語性を与えるはずの船乗りや髑髏をもった学生は姿を消し、女たちの身体も操り人形のような物腰で直立する奇怪な姿に変わってしまった。

 なぜこうした変化がピカソのうちで起こったのか。制作の途中で、絵画の成立条件そのもの突き当たったのである。絵画は二次元であるカンバス上に、三次元の存在を表現するという根源的な矛盾をはらんだ芸術である。ルネサンスの画家たちは、遠近法と明暗法という二つの原理を発明したことでこの矛盾を解決し、現実を再現できると信じた。しかし「再現」とはいえ、実際に画面を突出させるわけではなく、そう見えるように描くだけで、見るものに立体感を感じさせるトリックである。ピカソが《アヴィニョンの娘たち》を制作するうちに突き当たったのは、この絵画の本来的な弱点だった。

 ではどうすれば遠近法に代わる方法、つまり三次元の物体を二次元空間に翻訳ことができるか。それが複数の視点の導入であり、表現方法としてのデフォルマシオン(変形)である。従来の発想を転換して、カンバスの上に現実のイリュージョンをつくるのではなく、対象を実際に認識するときと同じように、上から下から、右から左から、あるいは前から後ろからも見て、その結果を画面上に直接描出することだった。複数の視点の導入は、すでにマネやセザンヌが一部試みていたが、ピカソがこの手法を思いつくのに、もっとも影響をうけたのがアフリカの彫刻だった。アフリカの彫刻や仮面には、主に呪術的目的から、身体や顔の一部を思い切ってデフォルメしたり、誇張したものが多いが、そこには複数の視点から眺めた形態が、なんのためらいもなく同一平面に並べられていた。ピカソはアフリカの人たちが生得の造形感覚から、無意識に行ってきたものを、新たな造形法として概念化したのだった。

 《アヴィニョンの娘たち》では、五人の女のうち右側の二人と左端の女の顔は仮面のようになり、中央の二人の押しつけられたような鼻は、正面向きの顔に横から見た鼻が描き込まれた、左端の女の、横顔に正面から見た目が描かれた。こうして複数の視点を取り込んだ絵が実現した。

 松下育男の「顔」から《アヴィニョンの娘たち》を連想したのは、両者において顔が概念化されているせいである。これは能の女面も同じで、人間の顔から美醜といった個性をはぎとっていくと、人間の顔は「ひふがあって / 裂けたり / でっぱったり」しているものに見えてくる。これは認識作用がもたらす結果であって、そこに好悪など感情的要素が入り込む余地はない。

 松島の場合は、ピカソが《アヴィニョンの娘たち》で意図して実行したのとは違って、はからずも恋人の顔を対象として認識する瞬間が訪れたのである。するとその瞬間、恋しい人の顔から好ましいと思っていた個性が消え、突き出た耳や鼻、表面を覆う皮膚とそこに穴のように穿たれた二つの目や口がにわかに存在感を増したのである。

松島はこの変貌の衝撃にたえられずに、「帰って / 泣いた」のだった。だがこの稀有な体験から、詩篇「顔」を創作することができた。


by monsieurk | 2019-10-19 07:41 |

詩のこころ(3)

 「恋唄」の項で、茨木のり子さんが選んでいるなかに、「顔」という一風変わった詩がある。作者は松下育男。『詩のこころを読む』の刊行は1979年で、その当時、茨木さんは、「松下育男は、まだ二十代の若い詩人ですが」と紹介しているが、40年が経ったいま、松下も六十代。毎月詩の教室を開いたり、「現代詩手帳」選者をするなど活躍している。

 さて、「顔」――

 こいびとの顔を見た

 ひふがあって

 裂けたり

 でっぱったりで

 にんげんとしては美しいが

 いきものとしてはきもちわるい

 こいびとの顔をみた

 これと

 結婚する

 帰り

 すれちがう人たちの顔を

 つぎつぎ見た

 どれもひふがあって

 みんなきちんと裂けたり

 でっぱったりで

 これらと

 世の中 やってゆく

 帰って

 泣いた 

       ――詩集『肴』

 「ひどくおかしく、適切でもあり、有史以来、恋人をたたえる数えきれない表現に、また一つ何かを加えた新しさがあります。・・・恋人の顔をみても、美と醜、ともにみる複眼をまぬがれず、「帰って 泣いた」も、めめしくはありません。むしろ、人間存在の寂寥感、ブラック・ユーモアのようなものさえ伝わってきます。」これが茨木さんの解説だが、はたしてそれだけだろうか。

 空(す)いた電車に乗っていて、向かい側に坐っている人たちの顔を眺めているうちに、耳が気や鼻がやたらに気きになったりした経験は皆がもっているのではなかろうか。ひとたび部分が誇張されだすと、調和を失った顔は奇怪なものに変貌する。そんな現象が恋人の顔におこったとしたら・・・

 この詩から連想されるのが、ピカソの《アヴィニョンの娘たち》(243.9cm×233.7cm

ニューヨ-ク近代美術館蔵)である。1907年に制作されたこの大作は、スペイン・バルセロナのアヴィニュン通りに存在した売春宿の女たちを描いたもので、キュビスム誕生のきっかけとなった作品である。

 この絵にはデッサンが残されていて、そこでは女たちに囲まれた客の船乗りが中央にいて、画面左手から登場する学生は頭蓋骨をかかえている。これらの登場人物から明らかなように、ピカソは初め一つの寓意画を意図していた。五人の女は現世の快楽を象徴し、学生が手にする髑髏は、その快楽もやがては消滅することの暗示である。豊満な女体もやがては朽ち果てて髑髏と化す。「memento mori(汝死ヲ忘レル勿レ)」という古からの教訓をこめた寓意画である。

 ところがカンバスに向かって描き始めると、絵は最初の意図とはまったく異なるものに変貌した。絵に物語性を与えるはずの船乗りや髑髏をもった学生は姿を消し、女たちの身体も操り人形のような物腰で直立する奇怪な姿に変わってしまった。

 なぜこうした変化がピカソのうちで起こったのか。制作の途中で、絵画の成立条件そのもの突き当たったのである。絵画は二次元であるカンバス上に、三次元の存在を表現するという根源的な矛盾をはらんだ芸術である。ルネサンスの画家たちは、遠近法と明暗法という二つの原理を発明したことでこの矛盾を解決し、現実を再現できると信じた。しかし「再現」とはいえ、実際に画面を突出させるわけではなく、そう見えるように描くだけで、見るものに立体感を感じさせるトリックである。ピカソが《アヴィニョンの娘たち》を制作するうちに突き当たったのは、この絵画の本来的な弱点だった。

 ではどうすれば遠近法に代わる方法、つまり三次元の物体を二次元空間に翻訳ことができるか。それが複数の視点の導入であり、表現方法としてのデフォルマシオン(変形)である。従来の発想を転換して、カンバスの上に現実のイリュージョンをつくるのではなく、対象を実際に認識するときと同じように、上から下から、右から左から、あるいは前から後ろからも見て、その結果を画面上に直接描出することだった。複数の視点の導入は、すでにマネやセザンヌが一部試みていたが、ピカソがこの手法を思いつくのに、もっとも影響をうけたのがアフリカの彫刻だった。アフリカの彫刻や仮面には、主に呪術的目的から、身体や顔の一部を思い切ってデフォルメしたり、誇張したものが多いが、そこには複数の視点から眺めた形態が、なんのためらいもなく同一平面に並べられていた。ピカソはアフリカの人たちが生得の造形感覚から、無意識に行ってきたものを、新たな造形法として概念化したのだった。

 《アヴィニョンの娘たち》では、五人の女のうち右側の二人と左端の女の顔は仮面のようになり、中央の二人の押しつけられたような鼻は、正面向きの顔に横から見た鼻が描き込まれた、左端の女の、横顔に正面から見た目が描かれた。こうして複数の視点を取り込んだ絵が実現した。

 松下育男の「顔」から《アヴィニョンの娘たち》を連想したのは、両者において顔が概念化されているせいである。これは能の女面も同じで、人間の顔から美醜といった個性をはぎとっていくと、人間の顔は「ひふがあって / 裂けたり / でっぱったり」しているものに見えてくる。これは認識作用がもたらす結果であって、そこに好悪など感情的要素が入り込む余地はない。

 松島の場合は、ピカソが《アヴィニョンの娘たち》で意図して実行したのとは違って、はからずも恋人の顔を対象として認識する瞬間が訪れたのである。するとその瞬間、恋しい人の顔から好ましいと思っていた個性が消え、突き出た耳や鼻、表面を覆う皮膚とそこに穴のように穿たれた二つの目や口がにわかに存在感を増したのである。

松島はこの変貌の衝撃にたえられずに、「帰って / 泣いた」のだった。だがこの稀有な体験から、詩篇「顔」を創作することができた。


by monsieurk | 2019-10-19 07:41 |

詩のこころ(2)

 黒田三郎の「僕はまるでちがって」は、黒田の第一詩集『ひとりの女』に収録された一篇で、この詩集は戦後2年目の1947年(昭和22年)に照森社から刊行された。このとき黒田はNHK(日本放送協会)の職員だった。

 軍人だった父勇吉が呉の海兵団の副団長ことから、黒田は広島の呉で1919年(大正8)に生まれた。3歳の時、父の退職で故郷の鹿児島へ移り、旧制第七高等学校を経て、東京帝国大学経済学部を卒業。卒業後は軍属として南洋の島で過ごした。

 戦後はNHK(日本放送協会)に入局。1947年(昭和22年)には詩誌「荒地」に参加して、結核を患いつつ仕事と詩作の両立をめざした。詩集『ひとりの女』(1955年)は、そうした努力の結晶で、めでたくH氏賞を受賞した。

 芝木のり子さんは、「『ひとりの女に』は戦後出版された、もっともすぐれた恋愛詩集として、評価の高いものですが、今読んでも、少しの古びも感じさせず爽快で、これが敗戦後の、人みな餓死すれすれで、難民のおんぼろ時代に書かれたとは信じられないくらいです。復員兵として南方から帰り、ひどく荒んだ日々を送っていた作者が、一つの恋を得て、生きる力をふたたび取り戻してゆく過程がみずみずしく描かれた連作で、しかもその少女は、

 馬鹿さ加減が

 ちょうど僕と同じ位で

 貧乏でお天気屋で

 強情で

 胸のボタンにはヤコブセンのバラ

 ふたつの眼には不信心な悲しみ

 ブドウの種を吐き出すように

 毒舌を吐き散らす

 唇の両側に深いえくぼ(「賭け」)

 というぐあいで、特別に美化されていないところが新鮮です。」と紹介している。

 さて、そうした『ひとりの女に』の中の一篇、「ぼくはまるでちがって」――

 僕はまるでちがってしまったのだ

 なるほど僕は昨日と同じネクタイをして

 昨日と同じように貧乏で

 昨日と同じように何も取柄がない

 それでも僕はまるでちがってしまったのだ

 なるほど僕は昨日と同じ服を着て

 昨日と同じように飲んだくれで

 昨日と同じように不器用にこの世を生きている

 それでも僕はまるでちがってしまったのだ

 ああ

 薄笑いニヤニヤ笑い

 口をゆがめた笑いや馬鹿笑いのなかで

 僕はじっと眼をつぶる

 すると

 僕のなかを明日の方へとぶ

 白い美しい蝶がいるのだ

 茨木のり子さんは、「この詩を読むと、自分たちだけのかくしごとが、普遍的な深さにまで達し、他の恋人たちにも思いあたるふしあり、なのです。自分の思いを深く掘り下げてゆくと、井戸を掘るように掘り下げてゆくと、地下を流れる共通の水脈にぶちあたるように、全体に通じる普遍性に達します。それができたとき、はじめて表現の名に値するといえましょう。・・・

 ところで、黒田夫人となったこの少女は、自分一人に捧げてくれたならいいけれど、公表してしまったと言って、プンプン怒ったそうですが、その気持ちもわからなくはないけれど、読者としては詩集として刊行され、日本語全体の富となったことを喜びます」と述べています。

 黒田三郎の処女詩集『ひとりの女に』はいまや稀覯本だが、『黒田三郎詩集』(現代詩文庫、第一期6、思潮社)には、「ひとりの女に」の全篇が収録されている。


by monsieurk | 2019-10-15 15:54 |

詩のこころ(1)

このところ繰り返し読でいるのが、茨木のり子著『詩のこころを読む』(岩波ジュニア双書 9)である。

放送大学神奈川学習センターに「詩游会」と称する読書会があり、毎月集まっては、日本の現代詩人の作品を読み、解釈や感想を語りあって楽しんでいる。茨木のり子さんも一度取り上げたことがあり、その折には、詩とともに、金子光晴や山之口莫を論じた文章を読んで、平明な文章でつづられた、その鑑賞の力に魅せられた。

『詩のこころを読む』でも、茨木さんは心にとまった詩を取り上げて、それを自分がどう読んだか簡潔に語っている。「はじめに」にこんな一節がある。

「いい詩には、ひとの心を解き放ってくれる力があります。いい詩はまた、生きとし生けるものへの、いとおしみの感情をやさしく誘いだしてもくれます。どこの国でも詩は、その国のことばの花々です。・・・あらためて私の好きな詩を、ためつすがめつ眺めてみよう。なぜ好きか、なぜ良いか。なぜ私のたからものなのか、それをできるかぎり検証してみよう。」

こうして茨木さんは、心にしまい込んだコレクションから50篇の詩を選びだし、それを「生まれて」、「恋唄」、「生きるじたばた」、「峠」、「別れ」の5つに分類して解説している。この5つのカテゴリーは、人間の誕生から死をたどることにほかならない。以下、いくつの詩を、茨木さんの解説とともに紹介したい。まずは「生まれて」の部分から――

「祭」 ジャック・プレヴェール、小笠原豊樹訳

 おふくろの水があふれるなかで

 ぼくは冬に生まれた

 一月のある夜のこと

 数ケ月前の

春のさなか

ぼくの両親(ふたおや)のあいだに

花火があがった

それはいのちの太陽で

ぼくはもう内部(なか)にいたのだ

両親はぼくの体に血をそそいだ

それは泉の酒だった

酒蔵の酒ではない

 ぼくもいつの日か

 両親とおなじく去るだろう。

これはプレヴェールの『見世物(Spectacle)』という詩集の一篇である。茨木さんはこんなコメントを寄せている。

「自分の誕生を「父と母との間に、或る日いのちの花火があがって、結果、ぼくが存在しているんだナ、なるほど」このように感じられる明るさ、おおらかさがすてきです。そしてまた、そう思える人は仕合わせなひとでしょう。・・・老子や荘子という人は「天と地の精気が凝(こ)って、露となるように、人の生命もまた、そのようなものである」という考え方をしていました。これはまた、超大級のおおらかさ。でも、私はこのような思考法が大いに気に入っているのです。父と母、男と女、というのは仮の姿で、天地の精気が或る時、凝縮して、自分というものが結晶化されているのだ――と思えば、たとえどのような生まれかたをしたとしても、くよくよするには及ばず、百歳まで生きたとしても、大きな目からみれば、単にきらきら光って消える朝霧のごときものかもしれませんね。」

いかがだろうか。次回は「恋唄」の部から、黒田三郎の有名な「僕はまるでちがって」を。

ブログの更新を1か月ほど休んだが、これからはまた精進いたします。台風19号が近づくのを懸念しつつ。


by monsieurk | 2019-10-12 21:30 |
line

フランスのこと、本のこと、etc. 思い付くままに。


by monsieurk
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